認知症の高齢者に想いを寄せて・・・。

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特集|認知症の高齢者に想いを寄せて・・・。

 今回の特集テーマは、高齢者の「認知症」です。介護に携わる者にとって、「認知症」は、極めて身近で深刻なテーマだと思います。がしかし、「認知症」のことを改めて考えてみると、本当に理解している(勉強している)と胸を張って言える介護職員がどれだけいるのでしょうか?なんとなく、漠然と「認知症」のことを論じることはできますが「しっかりと理解している」とはなかなか言いきれません。中には、過去の都市伝説のようなものを根拠もなく信じている介護職員もいるのではないでしょうか。
 そこで今回は、地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チームの研究員でもある伊東美緒さんにご指導をいただき、認知症ケアのあり方について改めて考えてみたいと思います。


▼基本行動を知って“苛立ち・驚き”を軽減へ


 まず初めに、認知症の高齢者に対する基本行動を確認しておくことにしましょう。多くのご家族や介護職員の皆さんは、気が付かないうちに認知症の人たちを“苛立たせている”のだそうです。例えば、認知症高齢者の背後から平気で声を掛ける方がいますが、認知症高齢者は、自分で見て確認できているもの以外には注意を向けることが難しくなります。これは、認知機能が低下している為に、注意を周囲に分散できず、自分が見ているひとつのものだけにしか集中することができないからです。したがって、自分の視野に入っていない「背後」からの声掛けには気づきにくいのだそうです。
 認知症の人が気づいてくれない時、勝手に(高齢者だから耳が悪いに違いない)という先入観を持ち、耳のそばで大きな声で話しかける方もいるのではないでしょうか。ところが、突然耳のそばで大きな声を出されると、認知症高齢者は驚き、時には自分が「怒られている」と感じてしまいます。
 たびたび理由も分からず怒鳴られると感じれば苛立つことも理解できます。したがって、しっかり目を合わせてから話しかけるというコミュニケーションの基本を意識する必要があるのです。


▼自分の常識を押し付けない


 また、食事の時に「野菜をしっかり食べてください」とか「おかずだけ食べずにご飯も一緒に食べてください」などと、あれこれ、うるさいことを言う介護職員が散見されます。しかし、すでに長寿を達成しておられる高齢者の場合、食べたい時に、食べたいものを、食べたいだけ食べればよいのではないでしょうか?バランスの良い食事はいつまで必要なのでしょうか?もちろん、偏食より、いろいろな食材をまんべんなく食べた方がいいに決まっています。
 しかし、周囲が必要以上に栄養バランスや食べる順番など自分の常識を押し付けて無理強いすると、認知症高齢者は「苛立ち」、食事自体を放棄するようになります。伊東さんは言います。多くの関係者は、「認知症高齢者のためを思って一生懸命ケアしているけれども、それが強制の連続になってしまっていることに気づいていないために、結果として本人をあおり過ぎて激しい症状を引き起こしてしまうことがある」と。
 ケアする人の持っている常識を知らないうちに押し付けてしまい、結果、それが負の感情記憶として残るため、本人との距離が大きくなってしまいます。


▼「物盗られ妄想」は私たちに置き換えること


 認知症高齢者の症状の一つに「物盗られ妄想」があります。私のお金を誰かが盗んだという訴えです。しかし、改めてこの現象を考えて見ると次のようなことがわかります。
 皆さんにお聞きします。皆さんは、何日間、お金を持たずに生活をすることができるでしょうか?
 多くの認知症高齢者は、認知症状が進み、お金の管理ができなくなったという判断を下された時点で、家族や管理者に財布を取り上げられてしまいます。つまり、無一文状態で生活をしなければならなくなります。それまで何十年も財布を持って生活してきたにも関わらず、知らないうちに財布が見当たらなくなるのです。もちろん、認知機能が正常に働いている私たちからすれば、欲しいものがあるときには、家族や管理者に依頼さえすれば手に入れられるので、それを言葉で説明できます。しかし、認知機能が低下している認知症高齢者は、家族や管理者が代わりにお金を払ってくれるなどということを理解することはできません。「ここは施設ですからお金はいりません」と言われても、施設の体制を理解できず、なぜここにいるのかも分からない人が、財布すら持たずに過ごすのはとても不安なことなのではないでしょうか?“お金(財布)がない”ということは、「生活をすることができない」という理解になってしまうからです。だから、心細くなり、不安になるので、たとえ施設には財布を持ち込んでいなくとも、財布やお金を「盗られた」と訴えてくることがあります。
 想像してみましょう。自分が仕事等で外出する時に、財布を持たずに出掛けた場合、どのような心持になるのかを…。
 「財布を盗られた」と訴える認知症高齢者に対して、せめて小銭を入れた財布くらいは持てるようにできないかを家族や専門職で検討することも必要ではないでしょうか?

▼排泄も見方、捉え方で解決が


 認知症の高齢者に対する対応の基本は、本人のできること、したいことをいかに実現し、継続するかを検討することです。そして、やってはいけないのは、ケアする人の価値観や常識を押し付け続けることです。
 例えば、排泄をする際トイレには行かずに部屋の片隅で済ましてしまうような認知症高齢者に対して、「なんでトイレに行かずに、部屋で用を足すのよ!トイレに行って!」と言ってしまいがちです。トイレに誘導してもうまくいかない時は、発想を変えて、色のコントラストのあるゴミ箱を部屋の片隅に置き、そこをトイレにしてしまうという方法もあります。男性は、比較的“狙いを定めて確実にゴミ箱に放尿”してくれるのですが、漏れてしまって床が汚れるときには、ペット用のトイレシーツを床にガムテープで貼り付けて吸収させるという方法もあります。こうした、認知症の人に合わせたアプローチ方法の変容が認知症高齢者とのかかわりにおいては重要だと伊東さんは言います。
 本特集の大テーマである「ケアする人が変わる」。これは、自分の常識や「こうあるべき」を認知症高齢者に押し付けないようにすることに他なりません。部屋をトイレ代わりにされては困る。これは疑いようのない一般的な常識です。ただし、認知症高齢者とよい関係を築くためには、否定よりも肯定するための方法を探求するほうがよいのではないでしょうか。

▼「手続き記憶」を有効に活用すること


 「手続き記憶」とは長年やって身体に染み付いている行動記憶のことを言います。例えば、料理を例にとって説明すると、包丁で食材を切ったりする行動は手続き記憶なので、認知症が進行しても上手くやることができます。しかし“味付けを考える”という行動は考えて調整する行動なので早期に難しくなります。ちなみに“洗濯物をたたむ”、“書類にハンコを押す”などの行動も、その人が慣れ親しんでいれば手続き記憶になるそうです。当然ですが、若い頃から料理などは一切やっていない認知症高齢者の場合は、料理は「手続き記憶」にならないので、包丁は上手く使えません。その人がどのような行動を手続き記憶として身に着けているのかを探すことが求められます。







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