運動と認知症
親を老人ホームに入居させたいと考えるきっかけに認知症の発症があると思います。
人はなぜ認知症になるのでしょうか。さまざまな要因があると言われています。
脳内の特殊なタンパク質が蓄積することで発症するアルツハイマー型認知症や、脳出血や脳梗塞などをきっかけに発症する脳血管性認知症や、神経細胞にできる特殊なタンパク質であるレビー小体が大脳皮質とか脳幹などに蓄積して発症するレビー小体型認知症などがあります。
超高齢化社会の日本国内において、認知症を発症される方はとても増えています。認知症の治療方法として主流なのは薬物療法でしたが、2000年に介護保険制度が開始された頃から軽度あるいは中等症程度の認知症に対して、音楽療法や運動療法などで認知症状の改善への取り組みが増えています。その中でも今回は運動療法に注目したいと思います。
運動量と認知症発症には関連がある?
多くの老人ホームではレクリエーションを実施していますが、その目的は体をしっかり動かして身体機能を維持すること、折り紙などで手を動かしたりクイズに挑戦することで脳を活性化し記憶力などの脳の機能を維持すること、日々の生活に楽しみを見いだせるように気分転換を図ること、入居者やスタッフとの交流の機会をつくることです。
その中でも体を動かすレクリエーションは筋力などの身体機能維持以外にも、脳が活性化し認知症改善に効果があると認識されています。
老人ホーム紹介センターの相談員として日々介護にお困りでご相談に来られる方々のお話を伺っていると、一人暮らしの親が認知症になり老人ホームへの入居を考えたいという方が多くいらっしゃいます。
例えば、一人暮らしの親が最近もの忘れがひどくなった。病院に行く日を忘れたり、何度も同じことを話す。日に何度も電話がかかってきて、銀行の通帳がなくなってしまった、泥棒が入ったなど訴えてくる。そろそろ老人ホームへの入居を考えたほうがいいのかなというご相談です。
親御様のご生活の様子を伺うと、最近はコロナの影響で外に出ることがなくなり、通っていたデイサービスもコロナの感染が怖くて休んでしまっている。買い物に行くのも極力控えるようになって、1日の大半の時間をリビングのソファで過ごし、テレビはつけているものの見ているかどうかわからない、人と話をすることがほとんどない。食事も食べる意欲がなく、わざわざ簡単に食べられそうなお惣菜などを買って運んでいるがあまり減っていない。気が向いた時に菓子パンを食べているようだが、といった様子でした。
以前から日常生活のなかの運動量と認知症発症には関連性があると言われています。毎日3キロのウォーキングする人と、400メートルほどしかあるかない人は認知症の発症リスクが2倍高くなると言われています。つまり、外出をしたり活発に運動する活動量の多い高齢者のほうが、自宅で静かに過ごす活動量の少ない高齢者よりも認知症になりにくいということです。
軽い運動でも認知症予防には効果的
なぜ運動することが認知症予防になるのか。運動をすると、脳の神経を成長させるタンパク質が記憶をつかさどる海馬で多く分泌され、海馬の機能の維持や肥大に効果があると考えられています。また、脳が正しく機能するためには脳内に絶えず十分な血液が流れていることが必要ですが、運動をして体を動かすことは脳内の血流の改善にも効果的と考えられています。
また、生活習慣病といわれる糖尿病や高血圧の持病を持っている方は、アルツハイマー型認知症の発症率が2倍とも3倍とも言われています。生活習慣病予防としても運動の習慣化は大事な対策として知られていますが、結果として認知症の予防にも繋がります。
息が切れるほどの激しい運動である必要はなく、スポーツジムで使うような機械も必要もありません。散歩やウォーキングなどの軽い有酸素運動でいいのです。
認知症予防 老人ホームの取り組み
とはいえ、老人ホームでは、先に述べたように日々レクリエーションを実施しておりますが、なかなか外に出ての散歩やウォーキングに出かけることは難しいこともあります。しかし、午前中のレクリエーションとして集団体操を取り入れているホームが多いので、そのような軽い運動で脳の細胞が活性化される効果が期待できます。
ホームによっては独自の体操メニューをつくり、1回につき30分から40分程度しっかりと汗ばむぐらいの運動をしているところもあります。もちろん、車椅子の方でも行えるように座ったままでもできる体操となっています。
とある老人ホームでは、廊下の床や壁にメートル単位で目印をつけて、入居者に歩いている距離を意識してもらう工夫をしています。レクリエーションの一環としてスタンプラリー形式にして、廊下を歩く距離でスタンプを押してもらい、最終ゴールがホームから富士山までの距離としたりなど歩くことを楽しんでもらうような工夫をしています。
理学療法士や作業療法士といった資格を持った機能訓練指導員を配置している老人ホームもあります。そのようなホームでは、身体機能の維持や改善を目的として週1回ほどマンツーマンの個別リハビリを行うことができます。
身体機能への効果だけではなく認知症予防や改善にも効果がありますので、老人ホームでは、そのような効果を認識してマンツーマンの個別リハビリとレクリエーションの集団体操を組み合わせて、毎日運動ができるように工夫しているところもあります。
高齢者ではなくても、一人暮らしをしていると、どうしても自分のペースで過ごしてしまいますので、朝起きる時間や食事の時間も不規則になりがちですし、運動を習慣化するのはよほど意識的に行動しなければ難しいと感じる方も多いと思います。ましてや、高齢者ともなると筋力や心肺機能が低下しており、関節に痛みを感じる方も多いので、散歩したり買い物に行くなどの日動生活の動作ひとつひとつがつらく感じることも多くなります。
運動をすることで当然筋力がついてきたり、心肺機能が向上していくので、日々の生活で不安やおっくうに感じていたことが改善され、自信を持てるようになっていきますので、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上にも効果的と考えられています。
老人ホームでの生活は、毎日の食事時間が決まっているので、朝起きる時間もおのずと決まってくるため、一人暮らしのときの不規則な生活から規則正しい生活になります。3食の食事は毎回食堂に行く必要がありますので、比較的小規模なホームであっても自宅のリビングと居室の移動距離よりも歩く距離が長くなります。
運動療法に頼らずとも老人ホームでの生活自体が認知症予防になりますが、そこへ積極的な運動療法を取り入れていけばより予防や改善に効果が出るでしょう。
老人ホームへの入居を考えられた時、選ぶ際にはそのような認知症状改善に取り組んでいるホームか、どのようなレクリエーションを行なっているかなどを意識して探してみるのもいいのではないでしょうか。
首都圏相談室 室長代理 入江佳代
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